お誕生日記念第六弾〜チョタ編〜

 聖・バレンタインデー。一年に一度、女の子達がチョコレートを片手に、勇気を振り絞って好きな人に告白する日。
 この日1日、男の子達は、意中の女の子からのチョコレートを期待と不安が入り混じった想いで待つ。
 しかし、氷帝学園2年鳳長太郎の想いは少し違っていた・・・。

 バレンタイン当日。土曜日なので学校は休みだが、氷帝学園中等部男子テニス部部員は、朝早くから練習に勤しんでいた。
 昼休み、居残り当番──施錠してしまうと鍵を持った部員が戻ってくるまで他の者が部室に入れないので、土日の昼休みは1人が必ず部室で昼食を取る事になっている(当番制)──の鳳を除く部員たちは、昼食を取るため学校をあとにした。普段は鳳と一緒に食べる日吉と樺地も、今日は家で食べると言って帰っていった。
「誕生日か・・・」
 仕方なく部室で独りコンビニ弁当を広げた鳳は、退屈な事もあり、思考が空想へと傾いていった。
「宍戸さん、俺の誕生日覚えてくれてるのかなぁ・・・もしかしたらプレゼントとかくれたり」

・・・・・・
『長太郎、今日、誕生日だろ?これ、気に入ってもらえるかどうか分かんねーけど、受け取ってくれるか?』
『宍戸さん!俺の誕生日覚えててくれたんですね!』
『当然だろ。俺が、お前の誕生日を忘れるわけないだろ』
『宍戸さん!!』
・・・・・・

「いや、プレゼントじゃなく、バレンタインのチョコレートをくれるかもしれないっ」

・・・・・・
『長太郎、これ・・・』
『え・・・、宍戸さん。もしかしたら、これってチョコレートですか?』
『あー、まぁ・・・』
『嬉しいです!宍戸さんから愛のこもったチョコレートもらえるなんて!!』
『ばっ・・・そんなんじゃねーよ。誕生日プレゼント代わりだ』
『照れなくてもいいですよ。俺、宍戸さんの気持ち、ちゃんと分かってますから』
『・・・ばーか』
・・・・・・

「そしてもちろんその後は・・・」
 すっかり自分の世界に没入していた鳳が、背後に立った2つの影に気付くはずもなかった。
「鳳?何独りでブツブツ言うてんねん・・・」
 突然後ろから声をかけられ、飛び上がらんほど驚いた。振り向くと、忍足侑士と向日岳人が立っていた。
「向日先輩と忍足先輩!?どこから入ってきたんですかっ」
「どこからって、普通にドア開けて入ってきたっての。人を幽霊か何かみたいに言うなよな、鳳」
 呆れた視線が向けられる。先輩相手に言い争うのも何なので、とりあえず謝っておく。
「すいません。ちょっとボーッとしてたもので・・・」
「ボーッとって、何考えとったんや?」
「な、なんでもないです・・・。先輩達こそ、どうしたんですか?」
「いや、ちょっと鳳に用があってな」
「俺に、ですか?」
「そう。鳳に、や」
 意味ありげな笑みを口元に浮かべた忍足は、背中に隠し持っていたモノを鳳に手渡した。
「・・・何ですか?コレ」
「見て分からんか?」
 渡されたものは、厚さ1cm・直径20cm以上もある、綺麗にラッピングされたハート型の物体。ひとつの単語が鳳の頭に浮かび、反射的に打ち消した。
「・・・チョコレート、じゃないですよね?」
「チョコレートに決まってるやん。もちろんチョコには『鳳君へ』ってメッセージ入れてあるからな」
 否定して欲しいという鳳の祈りも空しく、あっさりと肯定された。しかも、いまいち状況が飲み込めず口をパクパクさせる鳳に、向日が追い討ちを掛ける。
「俺からもあるんだぜ」
 忍足のものよりかは幾分小さめではあったが、それでも通常女の子たちから贈られるものよりかは大きめのチョコレート──忍足と同じくハート型──を渡される。
 とりあえず受け取ってはみたものの、このチョコレートを渡された意図がまったく理解できなかった。思わず、不審そうな目で2人の先輩を睨みつけてしまう。
「・・・ホント、何なんですか?」
「チョコレートだけど?」
「いえ、それは分かってますけど、何で俺にチョコレートをくれるんですか?」
「だって今日誕生日だろ?だから、バレンタインデーにちなんでチョコレートをプレゼント!って訳だよ」
「ま、そーゆーこっちゃ。ありがたく受け取っとき。ほな、午後の練習も頑張りや」
「あ、そうそう。3月14日、楽しみにしてるからなー!」
「え・・・?」
「わざわざ家まで来んでも、メールでもくれたら受け取りに行くで」
「ちょっ、待ってくださいよ」
 一応呼び止めてはみたが、鳳に2人が制止できるはずもない。ドアが閉まる音が空しく響き、大きなハート型のチョコレート2つだけが鳳の元に残った。
「・・・何なんだよ一体」
 タメイキを吐きながらチョコレートを机に置いた瞬間、部室のドアが勢いよく開けられた。
 忍足と向日が戻ってきたのかと思いドアの方に目をやると、そこに立っていたのは予想外の人物だった。
「練習の方はどうだ?鳳」
「はい。順調にいってます。練習、見に来て下さったんですか?跡部先輩、ジロー先輩」
「ぶ〜、ハズレ〜」
「え、じゃあ何しに来たんですか?」
「はい、これ。誕生日おめでと〜」
 ジローが満面の笑みで差し出したものは・・・
「チョコレート・・・ですか?」
「うん。特大ハート型チョコレートっ」
 無邪気な笑顔が返される。真っ直ぐな瞳で見つめられ、受け取らないわけにもいかない。
「ありがとうございます・・・」
 礼を言ってジローからチョコレートを受け取る。と、横から高級そうなチョコレート──包みにはゴ○ィバと書かれていた──が差し出された。
「ほら、俺からだ」
「跡部先輩もですか?」
 本日4度目の出来事に、思わずタメイキ混じりの声が出てしまった。即座に、有無を言わせぬ鋭い瞳に睨まれる。
「何だよ、何か文句でもあんのか?」
「いえ、ないです・・・」
「じゃあグダグダ言わずに受け取っとけ」
「はい。ありがとうございます」
 鳳がチョコレートを受け取ると、跡部は満足そうに頷いて踵を返した。
 慌てて背中に声をかける。
「帰るんですか?」
「あぁ。用は済んだからな」
「それにこれから跡部んちで・・・」
「ジロー!」
 何かを言おうとしたジローは、跡部に軽く睨まれる。まったく状況の飲み込めない鳳は、ジローと跡部に視線を交互に向けるしかなかった。
「あ、そっか。内緒なんだ」
「じゃあな、鳳。午後の練習も気を抜くなよ」
「え、あ、ちょ・・・」
 再び、ドアの閉まる音だけが空しく響いた。
「な、何なんだろう・・・。」
 大きくタメイキを吐きながら椅子に腰を下ろす。
 手元にはチョコレートが4つ。名目としては誕生日プレゼントらしいが、他の部員たちが戻ってきたときに変に誤解されるのも困る。
 そう思った鳳は、とりあえずチョコレートをロッカーに隠すことにした。4つの大きなチョコレートを片手にロッカーを開ける。すると、ロッカーの中には既にチョコレートが入っていた。
「あれ?」
 見覚えのないチョコレートが2つ。
 今朝着替えた時には入ってなかった。部活中は部室の鍵は閉めてある──面倒くさいからロッカーの鍵はかけていないが──から、女の子が入り込んで置いて行った、ということは考えられない。
 ってことは正レギュの誰かか?いや、しかし──
 思考が停止すること数秒、ドアが開く音にも気付かなかった。日吉の声でで我に返る。
「何やってるんだ、鳳。午後の練習を始めるぞ」
 どうやら、間に昼休みが終わっていたようだ。
 他の部員たちは部室には寄らず、直接コートに戻ったのだろう。鳳にとっては不幸中の幸いだったといえるのかもしれない。
「な、何でもない。すぐ行くから!」
 慌ててチョコレートをロッカーに押し込み、日吉のあとに続いて部室を出る。施錠をし、日吉に急かされながらコートへと向かった。
 ロッカーに入っていた贈り主不明のチョコレート。その事ばかり考えていた鳳は、午後の練習中、幾度となく日吉にカミナリを落とされるのだった・・・。

 練習が終わり、いつも通り部室には鳳・日吉・樺地の3人が残った。
「はぁ、今日の練習もハードだったよな・・・」
「ウス」
「練習に身が入ってなかった奴の台詞じゃないだろ」
「う・・・」
 正論だ。返す言葉があるはずもない。
 そんな鳳に、日吉は更に深く突っ込んでくる。
「昼に俺が呼びに来たときも挙動不審だったが、何かあったのか?」
「・・・・・・チョコレート」
 ぼそりと、呟くように言ったので日吉には聞こえなかったらしく、眉を顰めて聞き返された。
「は?」
「・・・・・・チョコレートが入ってたんだよ、俺のロッカーに。で、それが誰からなのかが分からなくて」
「部活が疎かになった訳か」
「別にわざと手を抜いてた訳じゃないぞ」
「当たり前だ。そんなことをしたら、その場で退部届を書かせて退部してもらうからな」
「分かってるって・・・」
 日吉が部誌を書き終わったことを確認して立ち上がる。
「ところで、ロッカーに入っていたチョコレートの話だが・・・」
「何か心当たりでもあるのか?」
 笑いながら、「まさかな」と続けようとした鳳に、信じられない答えが返ってきた。
「心当たりも何も、俺と樺地からの誕生日プレゼントだ」
 反射的に樺地の方を見ると、「ウス」と頷かれた。
 あまりにも予想外な答えに、日吉の言葉を飲み込むのに時間を要した。
 気が付くと2人は既に部室を出ていて、日吉が呆れた顔で鳳を見ていた。
「あんまりボーっとしてると、置いて帰るぞ」
「言われなくても帰るよ。それより・・・」
 樺地が部室の鍵を閉める。歩きながら、日吉と樺地をを交互に見ながら問いかけてみた。
「どーゆーことだよ、誕生日プレゼントって」
「今日、お前の誕生日だろ」
「それはそうだけど・・・」
 それだけでは納得がいかない。現時点で貰ったプレゼントがすべてチョコレートであるのはおかし過ぎる。
 更に問い詰めようとしたとき、正門の前に人が立っているのが見えた。
「宍戸さん・・・?」
 逆光でシルエットにしか見えなかったが、ほぼ100%の確信を持って宍戸だと思った。
「おう、お疲れ」
「どうしたんですか?もしかして、俺を迎えに来てくれたとか・・・」
「まぁ近からず遠からずってとこだな」
 パタパタと尻尾を振って──もしあったとしたらの話だが──喜ぶ鳳を余所に、日吉と樺地は宍戸に挨拶をして帰って行った。
「それじゃあ、俺たちは先に・・・」
「ウス」
「ああ。それじゃな」
 舞い上がり、2人が帰って行くのにワンテンポ遅れて気付いた鳳が急いで声を掛ける。
「日吉、樺地、また明日な」
「ウス」
「・・・明日だったらいいんだけどな」
 日吉が残した意味ありげな言葉が少し気にかかったが、それよりも宍戸が自分に会いに来てくれた嬉しさの方が大きかったので、あえて気にしない事にした。
「じゃ、俺たちも帰りましょうか」
「そうだな」
 並んで歩き出す。宍戸が何も言わなかったので、鳳も黙っていた。しかし、5分ほど歩いたところで沈黙に耐え切れず口を開いた。
「・・・宍戸さん?」
「あ?何だよ」
「俺に何か用があったんじゃないんですか?」
「用ってほどのことでもねーんだけどな」
 そう言って立ち止まると、肩に掛けていたリュックから袋を取り出して鳳に手渡した。
「ほらよ」
「え、これ・・・」
「今日、誕生日だろ。大したもんじゃねーけど、一応、な」
 そのとき鳳の頭に浮かんだのは、自分のカバンに入っている6つのチョコレートだった。
 6人もの人間が誕生日プレゼントとしてチョコレートをくれたのだ。きっとこれもチョコレートに違いない。
 そう考えた鳳は、ワクワクしながら訊いてみた。
「チョコレート、ですか?」
 しかし、淡い期待は一瞬で打ち砕かれた。
「は?何で俺がお前にチョコレート渡さなきゃなんねーんだよ」
「だって今日バレンタインデーですよ?」
「んなもんお前の誕生日と関係ねーだろ」
「でも、跡部先輩とか向日先輩とかはチョコレートくれましたよ?」
「俺が何やろーと俺の勝手だろ。要らねーんなら返せ」
「いえ、要る、要ります!!」
「ならくだらねーこと言ってんじゃねーよ」
「はい・・・すいません」
「ったく・・・。ほら、こんなトコで立ち止まっててもしょーがねーだろ。行くぞ」
 顔を上げると、宍戸はすでに歩き始めていた。
「行くって、何処へですか?」
「跡部んち。お前連れて来いって言われた」
「・・・何だ、2人っきりでお祝いとかじゃないのか」
「何か言ったか?」
「いえ、何でもないです」
「早くしろよ。置いてくぞ」
「は、はいっ!!」


「跡部跡部。チョコ渡した時の鳳の驚いた顔、面白かったね〜」
「そうだな。まぁ、忍足のアイデアにしては楽しめたんじゃねーの。なぁ、樺地」
「ウス」
「せやろ。で、俺の推理では、鳳は多分今頃宍戸に怒られてるで。チョコじゃないからって鳳が拗ねて」
「うわ、侑士ひでー。鳳も災難だよな。自分の誕生日にハメられるなんてさ」
「ま、いいんじゃないですか。アイツ、宍戸さんに怒られるのは慣れてるみたいですし」

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あとがき

完成まで非常に長い時間が掛かってしまいました・・・。
気付けば、長太郎の誕生日から約1ヶ月・・・・・・(遠い目)
何か、最近チョタへの愛が足りないみたいです。
それがSSの進み具合にも影響を与えたようでして。
進み具合と愛が密接な関係にあるのは前から分かってたんですけどねぇ(苦笑)
なんせ、誕生日シリーズで誕生日当日までに書きあがったのは跡部と宍戸さんだけ・・・。
ヤバい、このままでは跡部と宍戸さんがメインのSS以外は書き終わらないことになってしまう!!
他のキャラにも愛を回さないと!(焦)
ということで(どういうことだ?)、とりあえず『長太郎、誕生日おめでとう☆』。
って言っても1ヶ月遅れだけど・・・。ごめんね、チョタ(涙)

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