淡恋 1

 5時間目が始まって15分。見慣れた3年6組の教室を見渡す。
 みんな真面目にプリントやってるなぁ・・・。
 俺は、『自習』と大きく書かれた黒板を睨みながら、タメイキを吐いた。
 自習なんだったら、プリントなんか配るなよ。
 そしたら、思い切り昼寝が出来たのに。
 昼食後、ポカポカと陽のあたる窓際の席、そして自習。
 これで寝ない人間なんているのだろうか?
 でも、チャイムが鳴ったらプリントは提出だし・・・。
 半分も終わっていないプリントを見つめ、目をそらすように視線を窓の外に向ける。
 グラウンドでは、どこかのクラスが体育でバドミントンをしていた。
 体操服の色から、1年生だと分かる。
 やっぱり1年生は真面目だよなぁ。先生の号令に、全員が走って集合する。
 これが3年生にもなると、ダラダラと集合して怒られるのだ。
 あ・・・。
 見覚えのある顔を見つけた。
 ふたつに結んだ髪を揺らしながら、楽しそうにラケットを振っている。
「誰見てるの?」
 不意に耳元で声がした。
 驚いて振り向くと、後ろの席の不二が身を乗り出していた。
 不二は椅子に座り直すと、グラウンドを見ながら言った。
「彼女のこと、見てたの?」
 疑問文の形をとった断定の言葉。
 いつもだったら、不二の無言の圧力に屈してしまうのだが・・・。
 彼女のことだけは、ここで素直に認めるわけにはいかない。
 たとえそれが、無駄な努力だとしても・・・。
「か、彼女って?俺は、ただ1年1組が体育してるんだなぁ、と思って見てただけだけど?」
「ふぅーん」
 明らかに疑ってる目だ。
 でもどうして俺が彼女を見てるって分かったんだろう?
 それって、俺が彼女を好きだって知ってるってこと?
 相変わらず、不二に隠し事は無駄だってことか・・・。
 でも、それでも、最後まで足掻いてみるのが男だ!・・・と思う。
「にゃに?文句でもある?」
「別に。ただ、さすが英二だなと思って」
「さすがって?」
「だって、ここから見ただけでクラスまで分かったんだよね?ボクには、1年生ってことしか分からないんだけど・・・。動体視力だけじゃなくて、視力自体もいいんだね、英二は」
 ニッコリと微笑む不二の笑顔が恐い。
「・・・・・・」
「1組ってことは、今あそこでこけたおさげの子は竜崎さんかな」
「・・・・・・」
「で、向こうで試合してるのが・・・」
 そこで言葉を切ると、意味ありげな視線を俺に向けてきた。
 不二の視線が痛い。
 笑顔だけど、その笑顔が恐い。
 思わず、視線をそらした。
 でも、そんな俺の恐怖はお構いなしに、不二の攻撃(?)は続けられる。
「小坂田さん、だよね?」
 う・・・、圧迫感を感じる。
 逃げも隠れも出来ない状況。仕方がないので頷いた。
「彼女を見てたから、あれが1組だって分かったんでしょ?英二」
「・・・・・・」
「そうだよね?」
 有無を言わさぬ口調。
 否定なんか、出来るワケがない・・・。
 でも、肯定も出来るワケないじゃんかっ!!
 くそぉ、あんなところで口を滑らさなかったらごまかせてた・・・ワケないよな、やっぱ。
 だって、相手は不二なんだから・・・。
「でも、それは偶然朋ちゃんを見つけただけで。大体、俺が彼女を見なきゃなんない理由なんかにゃいじゃん・・・」
「ふーん、そっか。じゃあ、ボクが彼女に告白しても問題ないよね?」
「え・・・?」
 瞬間、頭が真っ白になった。
 今、何て言った?
 告白?
 不二が?
 誰に?
 頭の中を、不二の笑顔がグルグル回る。
「ふっ、不二!告白って・・・」
 そう言った俺の顔はきっと、ものすごく情けなかったのだろう。
 その証拠に、俺の言葉なんか耳に入らない様子で不二は笑い続けている。
「不〜二〜?」
 不二の様子に、からかわれただけなのだと気付いた。
 恨めしそうに睨んでも、不二の笑いはしばらく治まらなかった。
 ようやく笑いが一段落つくと、涙を拭きながら不二が謝ってくれた。
 泣くほど笑わなくてもいいのに・・・。
「ゴメンゴメン。あまりにも英二が素直な反応だったから・・・」
 そう言うとまた笑った。
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろ!」
「冗談のつもりじゃないんだけど」
「え?」
「ってのも冗談で」
「不二ぃ・・・」
 なんか疲れてきたかも。
 いつもながら、不二の本気と冗談が見分けられない・・・。
「でもさ、英二。ボクは冗談だったけど、冗談じゃない人だっていると思うよ?」
「どういう意味?」
 冗談じゃない人?
 不二の言いたいことが見えてこない。
「だから、ボーっとしてるとどこかの誰かに彼女を攫われるよ、ってこと」
「別に、ボーっとしてなんか・・・」
「だって英二は、いつもただ見てるだけだよね。見てるだけじゃ、気付いてくれないよ?」
「・・・・・・」
 そんなことは分かってる。
 けど、どうしろって言うんだろう。
 いつもいつも楽しそうに、嬉しそうにおチビの応援をしてる彼女。
 その彼女に、何を言えって?
 彼女が誰を好きなのかなんて、分かりきってるのに・・・。
「英二?」
 不二の声に顔を上げると、心配そうな顔をされた。
「ごめん。言い過ぎたね」
「いいよ、ホントのことだし。でも、俺は彼女に何も言わない」
「越前のことがあるから?」
 言葉が出なかったので、ただ頷いた。
 何も言えない。それは、彼女を困らせてしまうだけの行動でしかない。
 だって、もしも今俺が、誰かに告白されても困るから。
 彼女が好きだから。他の誰に告白されても意味がない。
 だからきっと彼女も。おチビ以外の誰に告白されても、困ってしまう・・・。
「英二・・・」
「大丈夫だって。俺そのうち、絶世の美女をゲットするつもりだし」
 精一杯元気な声を出すと、不二は小さく微笑んだ。
「でもね、英二。英二は相手のことを思いやって行動してるつもりでも、結果的に相手を傷付けてしまうことだってあるんだよ?」
「え、どういうこと?」
 不二は俺の質問には答えず、代わりにプリントを手渡してきた。
「?」
「終わってないよね?プリント。あと10分でチャイム鳴っちゃうから、早く写したほうがいいよ」
「げっ・・・」
 プリントのことなんて、すっかり忘れてた。
 不二のキレイな字で書かれた解答を、慌てて写していく。
 最後の1文字を写し終えたところで、チャイムが鳴った。
「危なかった・・・」
「間に合ってよかったね、英二」
「サンキュ〜、不二。ところで、さっきの話って・・・」
「あ、ゴメン。ちょっとボク、タカさんのとこに行ってくるから」
 逃げられた・・・。
 不二は、何が言いたかったんだろう。
 相手を思いやった行動が、相手を傷付けてしまうこともある?
 俺が彼女に告白しないことが、彼女を傷付けるかもしれないってこと?
 ダメだ、まったく意味分かんない・・・。
 不二が戻ってきたら、何が何でも聞き出そうっと。
 って思ったのに・・・。不二が戻ってきた直後に先生が来るし。
 多分、不二がそれを見計らって教室に入ってきたんだろうけど。
 あー、もう。メチャクチャ気になるじゃんかっ。
 よし、こうなったら、部活中に聞き出すしかないっ!
 みてろよ、不二。絶っ対に聞き出してやるんだからなっ!!

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あとがき

 祝・初菊朋☆
 ということで、菊朋です。『菊朋』、いい響きだなぁ(笑)
 以前から、どれだけ朋ちゃんが「リョーマ様リョーマ様」と叫ぼうが菊朋が好きだ!と言い続けてたのですが、如何せん供給が少ないので、最終手段として自家生産することと相成りました。
 何か中途半端なSSですが(なんせ朋ちゃん出てきてないし・・・)、英二と朋ちゃんの馴れ初めは一応三部作の予定にしている為、こんな不完全燃焼のような感じになっております。
 そして、菊朋のはずなのに何故か不二を書くのが楽しかったです(苦笑)
 瑞樹の中でそれほどの地位を占めてない彼ですが、書いてみると楽しくて楽しくて。
 この菊朋馴れ初め話で、一番美味しいところを持っていくのが不二だったらどうしよう・・・。
 あ、ちなみに、塚桜も自家生産する予定です。これまた供給が少ないので。
 『ほのぼの塚桜』がお好きな方はお楽しみに・・・(するほどのものじゃないですよ・笑)。
 最後になりましたが、ここまで読んで下さってありがとうございました。

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