童実野高校青春白書…?



ゴゴゴゴゴ…
地の底から鳴り響くような音がどこからとも無く響き、屋内である筈なのに制服がはためく。
非日常の世界の入り口のような場景だが、ここではそれは日常だ。

ここ――童実野高校では月に数回の頻度で闘いの風とやらが吹き荒れる。
今じゃ恒例行事っていうのか、生徒や教師の避難も手慣れたもので、中にはその元凶を面白そうに観察する余裕のあるつわものまで存在してたりする。
…俺にはとてもじゃないが理解できないし、したいとも思わないけど。
何時だったか怖いもの知らずに聞いてみた俺に、大層顔の良い友人は嬉々として『だって、一見打てば響くって会話の応酬してるくせに、その実全っ然相手の話聞いてないんだよ〜。面白いじゃない?』などという返答をくれ、他の友人達は呆れと同情の入り混じった視線をくれた。
―――ただ、「聞くんじゃなかった」と思った原因が実はその言葉よりもそいつの表情によるところが大きかったことだけは、流石に他の友人達も気付いてないだろうが。

しかし、現実とは無常なもので。
…この、闘いの風の中心部に居る、風の発生源は何の因果か自分の友人とクラスメートだったりするわけで。
その時点で俺の平穏な学生生活なんてのは、他のやつらより十歩も二十歩も遠のいてしまっていたりする。


「ワハハハ…貴様の底も知れたものだな!」
偉そうに――実際偉いのだが(なにせ相手は社長様だ)――高笑いをしている背の高いのが海馬。
全国的にも珍しい学生社長という人種で俺達のクラスメート。なんでそんなのが公立の童実野高校なんてとこに通っているのかは校内7不思議のひとつとされている。
そして、「カードの貴公子」と呼ばれる程――つっても俺はこう呼んでいるやつを見たことが無い――ゲーム、とりわけカードゲームが上手い。ま、その分ゲームに対する執着はそれ以上で、正直関わりたくねー人種ってやつだな。
「くっ!だが、俺は負けない!」
で、海馬の高笑いにも怯まず、鋭い目線を返している小柄なのが遊戯。俺達のダチだ。
こんな騒ぎの中心にいるからっても、遊戯は海馬とは違って別に悪いやつってわけじゃない。
いや、いじめなんつーことをしてた俺相手にも信頼を返してくれたあたり、かなり上等な部類の人間にあたると思う。
ただ…。

ただ、その分余計に始末に負えないっていうか…。


「見苦しいぞ遊戯。さっさと負けを認めたらどうだっっ!!」
ビシィッ!という音でも聞こえてきそうなアクションで指を突きつける。
…つか、何をやるにも動作がいちいちオーバーなのは純粋に海馬の個性だ…って思い込むことも、最近ようやく上手くいくようになったよな、うん。
「……まだだっ!デッキに眠る無限の可能性に俺は賭けるぜ!!」
デッキってのは、M&Wっていうカードゲームの用語で…なんつーのかな、ゲームに使用するカードの束とでも言えば良いのか?上手く説明できねーけどよ。
遊戯は、ゲームなら何でも来いって感じだけど、特にそのM&Wがすっげー上手い。海馬だって負け越してる、ってか殆ど負けてるくらいの腕前だ。
…ま、こいつら二人の因縁はその所為で始まったといっても過言じゃないわけだから、遊戯のゲームの腕前が人並みだった方が平和だった気もするんだけどな。
「ならば俺はその上を行く力で貴様を捩じ伏せてやるわっっ!!」
出た、海馬の対遊戯専用の決まり文句。っつーか、海馬がその台詞言い終えた途端、更に風の勢いが増したような…。いや、深く考えるべきじゃねーよな、うん。
「結束無き力は脆いだけだぜ海馬!!」
で、こっちは対海馬専用…でもないか、とにかく遊戯の決まり文句。結束の力――つまり俺達との友情――を遊戯はめちゃ大切にしてくれている。傍がなんと言おうとそれだけは確かだという自信がある。ある…んだけどよ。正直、大声で叫ぶのは勘弁して欲しいと思う俺は友情失格だろうか。
「ふん、その強がりがいつまで続くだろうな。」
海馬がそうやって鼻で笑うと、激しい応酬――しかも微妙にかみ合ってない――が膠着状態に変化して互いに睨み合いになる。
しかも、遊戯の目つきが鋭い所為かはたまた海馬の態度がでかい所為か、ハッキリ言ってこれがかなりの迫力だったりする。
で、周囲を見渡してみれば、これまで何とか遠巻きに眺めていたギャラリーも本格的な避難をはじめていたりする。
まぁ、これも毎度のことだけどな。
ふと見やると、杏子がいつの間にかさっきいた場所から5、6歩遠ざかっていた。おい、んじゃ一番あいつらの近くにいるのって俺かよ?

膠着状態の二人。さりげなく(?)退いていたりする杏子。ってことは…。
そろそろ「来る」な。にしても、今日はいつもよりタイミング遅れてるんじゃねーか?
ちら、とそんなことが脳裏をよぎって、あー俺もだいぶ毒されてきたなーなんてちょっと憂鬱になる。これさえも毎回恒例になってるってんだから笑えない。


そして、睨み合う二人の間の緊張がぎりぎりまで張り詰めて…。


「はいはいはい、ストーーップ!!」

ドン☆という軽やかなんだか重々しいんだか判断のつかない不思議な音と共に、第三の人物の声が加わる。
…が、中心に居るのは相変わらず二人だ。この場合、「当然のことながら」とつけた方が良いのかどうかまでは判断できないけどな。声が加わろうがなんだろうが、その場にいるのはとにかく二人のままだ。
「全く!周りの迷惑とかも考えなよね!!」
明るいトーンの穏やかな声は、本人の感情を反映して不機嫌さを前面に出しているが、それでもさっきまでの「不毛一辺倒」な雰囲気をかなり和らげてくれている。
………この雰囲気が、嵐の前の静けさ――最近では、台風の目という説も有力だ――だということは今では誰でも知っている。それこそ、『KC本社前にどでんと居座っている3体の龍は学生社長の趣味の産物』つーのと同じくらいには、童実野高校では常識だ。
「…ちっ!また貴様か」
忌々しそうに吐き捨てるのは、当事者その1であるところの海馬。つまり、声の主は海馬ではないっつーこった。…まぁ、海馬がンな声出しても気味悪いだけだろーけどな。つか、「また」ってことは一応、毎回同じパターンに陥ってるっつー自覚はあった…のか?
「あー、もう!海馬君ってば相変わらず口が悪いよね!!」
他方、当事者その2の遊戯は、ほっぺたを膨らませて海馬を見上げる。つかお前、その仕種は男子高校生のもんじゃねーと思うぞ…。
「五月蝿い!さっさともう一人を出せ!」
海馬が「遊戯」にさっきとは違う調子で詰め寄る。どうしてなかなか、意外なことに海馬はこっちの遊戯が苦手らしい。あの海馬にも苦手なもんがあるなんて…と知った時はかなり驚いたもんだ。今では俺にも、なんとなくこっちの遊戯の凄さってのが分かる気がするけどな。
っと、つまりは第三の声の主は結局は遊戯ってことなんだが、当然――そもそも2人しかいねーのに声が3人分って辺りで既に常識から外れてるけどよ――こいつは「さっきの」遊戯とは別のヤツだ。つまり、体は共有してるけど人格は別…ってこと。
で、俺たちは「さっきの」遊戯を「もう一人の遊戯」、こっちの遊戯を単に「遊戯」って呼んでる。海馬もそう呼んでるよーだけど、もしかしたら俺達の呼び方がうつったのかもな。…なワケねーか。海馬はプライド高いし。
「あのねぇ…」
「良いからさっさともう一人を出さんか!まだ決着はついていないのだからな!!」
お約束のパターンで――海馬も大概学習能力が無い――海馬が吠えた。にしても、云ってることが理に適ってないのに妙な凄みがあるのはやはり社長業のなせるわざだな。
で、次はいつも通りなら……。


ぷつっ


小さな音がして、周囲の温度が2、3度下がったような感じがする。
ああ、やっぱり、な。



「大体…ねぇ」


妙な確信とともに見やれば、にこやかな笑顔を浮かべて遊戯が切れていた。
こと遊戯に関しては、怒った顔をしている時より笑っている時の方が手に負えなかったりする。
ま、人間、本気で怒っている時には薄ら寒い程の笑顔――とはいっても遊戯のこめかみにはしっかり青筋が浮かんでいたりする――になるもんだけどな。




「……大体。だいたいもう一人の僕も海馬君も、「甘口のカレーは邪道か否か」なんてくっっっだらない議論でそんなに熱くならないでよ!もう!!」







今更のように、ぴきーんと軽快な音を立てて場が固まった――様な気がする。
そりゃまぁ、訳が分からず巻き込まれた形の周りの奴らにとったら「は?」ってなもんだけどよ。
それでも、この状況に固まることの出来るその距離感がなんとも羨ましいぜ…。


「くだらない議論」………ああ、全くそのとーりだと俺も思う。というより殆どのヤツがそう思ってるだろ。
だってカレーだぜ?仮にも大会社の社長やってる人間が、「宿命のライバル」と真剣にやり合う程の内容だとは思えねー…つか、思いたくないっつーか。
ただ、海馬の場合「意見が合わないから議論・対立する」んじゃなくて、「議論・対立するために意見の合わないものを探してくる」みたいなところがある。はた迷惑なことにも、な。
しかも、更に始末の悪いことに海馬はともかくもう一人の遊戯の方も無自覚で、しかも確実にその挑発にのってくる。




……かくして、童実野高校では今日も闘いの風が吹き荒れる。



流石にこのなんともいえない場の空気に耐え切れず、俺も後方に避難する。……おい、そこ今更とか云うなって。これでも俺にしては早めに避難できた方なんだよ。
「はぁ、なんでいつもこうなっちゃうんだろうね…」
無事に避難した俺の隣でげんなりした顔をした御伽がぼそりと呟いた。
それは俺も是非、聞いてみたいところだ。…聞くだけの度胸があれば、の話だけどな。






ったく、どうしてンな事態になったんだか。今日だって、いつもと変わらない平穏な一日の筈だったんだぜ?
―――少なくともほんの十四、五分前、昼休みが始まる時までは。






* * *



話は、少し前に遡る。



「ふぁー、やっと授業が終わったぜー!」
授業終了のチャイムの音が鳴り終わった途端、あくびとともになかなかに大きな声が教室に響く。
「やっとって、城之内君ずーっと寝てたじゃない」
呆れたように遊戯がつっこむ。
「んなの気にすんなって。それより飯だぜ飯!」
城之内のヤツは、俺達の呆れた視線にも気付いてないのか気にしてないのか――おそらく後者だな――脳天気に笑いながら涎の付いた教科書類を机に突っ込んでいる。
でかい声で笑ってないで少しは気にしろって。そのでかさじゃ廊下歩いてるセンコーにまで丸聞こえだ…。
そりゃま、確かに4時間目に古典なんつーのは「昼飯前の一眠り」を推奨してるようにしか思えねぇけど。

何はともあれ、昼飯だ…って雰囲気になった時に遊戯があっ、と声を上げる。
「あ、ねぇみんな。今日、僕お弁当忘れちゃったから食堂でも良い?」
「ん?ああ、んなの別にどこでも構わないぜ」
遊戯の視線に俺や杏子も同意の頷きを返す。
「じゃぁ急がなくちゃ。食堂って混むから席取り結構大変らしいわよ」
「おう!んじゃ急ごーぜ!!」
「うん、ありがと!そだね、急ごうか」

和気藹々。仲良きことは美しきかな、ってか。でもよ、城之内。

「おい、城之内。お前、確か数学の教師から呼び出しくらってなかったか?」
「…げっ!しまった!!」
頭の中はすっかり昼飯のことだけになってたな…こいつ。3時間目の授業でも派手に居眠りして教師の雷くらったこと、もう忘れてやがるし。
「ほらほら、とっとと行った!あのセンコー遅れるとうるせーぞ!」
しっしっ、というジェスチャーで城之内を追いやる。あの時間、お前のせいで何故か俺まで睨まれたんだぜ。これくらいの意趣返しは許されるべきだよな、うん。
「はぁ、面倒くせぇ…」
自分で蒔いた種だ。観念しろって。
ただでさえお前、目ぇつけられてんだし遅れるとまたいびられるぞ?
じとり、と暗に告げてやるとやっと観念したらしい。ったく、往生際の悪い。
「……わぁってるって!んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ!」
がさがさと乱暴な音を立てて、薄っぺらい鞄――っても、人のことはいえねぇか――へと弁当をしまいなおす城之内に、遊戯が心配そうに声を掛ける。
「あ、城之内君お昼は…」
「わり、先食っといてくれ」
「え、でも待つよ?」
「んなの待ってたら飯食う時間なくなっちまうだろ?いーから先行って食っとけよ、な?」
廊下に向かいながらそんなことを言って。
どーせ小言なんてのはテキトーに聞き流してりゃ終わるんだぜ!なんて笑うあいつと教室の前で別れたんだけど…よ。
ありゃぁ、間違いなく数学準備室まで響いてるな…。
……城之内のヤツ、どーやら今日は昼飯抜きだな。

「…行っちゃった」
「ったく、アイツが静かなのは授業中だけだな」
「確かに。授業中は寝てるもんね、城之内君」
「だから呼び出しなんて受けるんじゃない!」
心底呆れた風に杏子が言う。まったくもってごもっとも、弁護の余地もないよな。



そんなこんなで、今日の昼は「いつものメンバーマイナス1」で食堂に行くことになったわけだ。
その先で、どんな嵐が待っているかなんて、当然分かる筈もなく…。




* * *




がやがやと混みあった食堂で、どうにか席を確保する。
…っても、それをしたのは俺じゃなくて杏子だけどな。ま、そういうことは要領良いヤツにまかせるのが一番!ってな。
いつものように飲み物だけ買う。んで席に戻ってみると、食券売り場の辺りにはちょっと嫌になるくらいの列が出来ていた。

なぁ、遊戯のヤツ、人ごみに埋もれちまってねぇか…?
はは…。身長から考えると、仕方ないかもね…。

あまり冷えていないウーロン茶のパックをもてあそびつつ、そんな他愛の無い話をしているとようやく遊戯が戻ってきた。
幸運にも人波にさらわれて迷子になることもなく――んなの当たり前だって思うかもしれねぇけど、遊戯はマジでやってのける――その手には無事に戦利品たる昼食を持っている。
「待たせちゃってゴメンね。今日はカレーにしてみたんだ!」
にっこり笑う遊戯の持っていた戦利品は、意外にも競争率の高いカレーだった。
おお、やるじゃねぇか遊戯。
「おっ。ウチの学食のカレーって結構美味いもんなー」
「うん、学食にしてはちょっと辛めだけどね〜」
「そこがいいんじゃねぇの?やっぱ」
和やかに話に華を咲かせつつ、じゃぁ食うか…という時にそれは起こった。





「…瀬人様。食堂にて武藤遊戯を発見しました!!」
ダダダッ、と物々しい音を立てて食堂へ入って来た人影が俺たちのほうを見るなり大声をあげた。
人影――黒服にサングラスの、ガタイの良いオッサンっていうまさに「三連コンボ」なその姿に、嫌な予感を感じる暇があったかどうか…。

「ワハハハハ!!今日こそ貴様に引導を渡してやろう!」
唐突な高笑いとともに、混みあった食堂がザッと割れた。はっきり言って異様な光景だ。
そしてその発信地にはやはり――認めたくはないものの――「嫌な予感」の発生源こと海馬瀬人が、居た。
海馬の存在は、ただもう「居た」としか表現のしようがねぇ。
だってよ、黒服のオッサンは「食堂の入り口」で海馬のヤツを呼んだ筈なのに、海馬は「何故か」入り口の反対側の窓を背に仁王立ちしてやがるんだぜ?
おい………何時の間に現れたんだよ、お前。
「ふっ、決闘だ!さあカードの剣を抜け!!」
しかも、自分ロードを決して崩そうとしない海馬の格好は、いつぞやのバトルシティの時の「アレ」だったりする。
……海馬。学校に来るなら白ランでもいいからせめて制服着てこいよ。
そういやほんの一年程前は、こいつも俺らと同じフツーの制服着てたんだよなぁ。
今じゃ想像も付かない、っていうか想像したくないくらいだけどな。普通の学生服着た海馬なんてよ。



因みに、学生社長様はこうして僅かな仕事の合間を縫っては唐突に登校――と呼べるものなのか疑問だが――してくる。
……残念ながらその目的は「学業に励むため」ではなく「宿敵との決着を付けるため」だが。
ところが、毎回必ず途中で時間切れ。仕事に戻らなければならなくなる社長様の都合で決着は常に持ち越しだ。…実のところ、決着なんて付いたためしがなかったりする。
で、海馬は去り際に必ず「次に会うときまでこの勝負、貴様に預けてやる」という台詞を残すわけだ。
っていうかよぉ、自分の都合で吹っ掛けた勝負をうやむやにするってんなら、普通「試合放棄」とか「不戦敗」になるんじゃねぇのか?ま、海馬の思考回路なんて俺たちに理解できる筈もないけどな。

それに、これは俺に限ったことじゃないけどよ。
……正直、月に二、三回ほんの十数分間来るくらいなら二ヶ月に一度でも数十分来るほうがかなり合理的だろ?
ちゃんと勝負できるだけの時間を確保するっつーの?そういうの、童見野高校に居るヤツなら誰もが内心思っていたりする。
…んだけどよ。まぁ実際そうなっちまったら、被害は単純に二倍三倍じゃすまなくなることは明白なわけで。
結果、社長様に進言する命知らずなヤツなんてまず居ない、と。
そりゃ居ない…よなぁ。
でもよ……。
なんで海馬はんな単純なことに気付かねーんだ!?なぁっ!?
…………考えるのは止めとくか。なんかものすげぇ不毛な気がする(今更か?)。
結局、気付かないでいてくれた方が世のため人のため俺たちのため、だしな。


海馬は、ツカツカと学校指定の上履きであったなら絶対にありえない靴音とともに俺達の――というより遊戯の――前に進み出てきた。
「フン、学食のカレーとは、なんとも貧相なものを食しているようだな」
そして、ちらりと遊戯の前に置かれているカレーを見下ろし鼻で笑う。
うわ、相変わらずヤな奴…。
遊戯は、何とも言えない顔つきでそっと俺たちを見やり「ごめんね」といった苦笑を浮かべた。…苦労するよな、お前も。
お前の所為じゃないんだし…今更仕方ないよなぁ。
溜息と共に、これから起こるだろうことを脳裏に浮かべ、こちらも苦笑いで返す。…と。
「相棒の選んだ昼食に妙な言いがかりをつけるのは止めてもらおうか!海馬!!」
ドン☆という不可思議な音と共に、苦笑いの表情を浮かべていた遊戯の顔が怒りのそれへと変わる。
もう一人の遊戯の登場だ。
そして、どこからともなく、ヒョォォォという音をたてて風――闘いの風というらしい――が舞い上がる。
「大体、カレーのどこが貧相だという気だ!」
カッ…と、もう一人の遊戯が海馬を睨みつける。………が、相変わらずその視点は何処かがずれている気がしてならない。
もう一人の遊戯、お前にとって大事なのは本当に「それ」でいいのか…?おい。
「ふっ、そのようなカレーと名乗るのもおこがましい紛い物を嬉々として食するとは…見損なったぞ遊戯!!」
ワハハハハ、といちいち高笑いをしながら遊戯を見下ろす海馬も確実にずれている。


…その証拠に、もはや当初の目的――であった筈――の決闘は海馬の脳裏から完全に消去されてるし。
「なんだとっ!?紛い物だと…取り消せっ!海馬!!」
だの
「ハッ、紛い物を紛い物と呼んで何が悪いっ!」
だの…。
………ゲームの天才二人が「カレー」について真剣に――なのだろう。恐ろしいことに――言い争っている姿ははっきり言って薄ら寒く、何時終わるとも知れないそれをただ見守るしかできないこの状況は、虚しい以外の何物でもない。



* * *



………そして何時の間にやら問題は学食のカレーどころか「甘口・辛口」の是非にまで発展し……
現在に至る、とまぁそういうわけで。





「くっ、くだらないだと?貴様、この俺を愚弄する気かっ!!」
「海馬の言うとおりだぜ相棒!これはとても重要なことだぜ!」
こういうことに限っては、二人はいっそ見事な程息を合わせる。…だから性懲りも無く不毛な争いが絶えないんだろうけど。
「カレーは甘いことに意義があるのだ、辛口など辛いだけで芸がないわっ!!」
「それは違うぜ海馬!!辛くないカレーはもはやカレーじゃないっ!!そんなことでは海馬、お前も真のデュエリストにはまだまだ遠いな!」
デュエリストとカレーの間に一体何の関係が…。
おい城之内…。いつの間にかお前の目指してる「真のデュエリスト」像がますます理解不能なものへと変貌していってるぞ…。お前ホントにコレを目指すつもりなのか…?
「貴様こそ勘違いをしているようだな。辛いカレーなど、カレーの味がしないではないかっっ!!!」
「…海馬。それはお前が真のカレーの味を知らないからだぜ!真のカレーとは、りんごや蜂蜜などの力になど負けず、様々なスパイスの織り成す結束の力!!」
いや、それは「結束」じゃなくて単なるブレンドだぜ、遊戯…。
何も、ンな強引なこじつけをしてまで「結束の力」を持ち出す意義がどこにあるのか、とてもじゃないが俺には想像も付かない。
「何だと!貴様こそ「りんごや蜂蜜がカレーと奏でるハーモニー」を知らんだけだっ!!!」
ハーモニーって、海馬がハーモニーって…。に、似合わねぇ。
たとえ十分な距離を置いてであっても、まだ事態を傍観するだけの余裕のある面々――つまるところ俺のダチ達だが――は俺と同じ感想を持ったのか、なにやら可哀想なものを見るような視線をそっと海馬に送っていた。
「どうした海馬、お前らしくないぜ…。りんごと蜂蜜のハーモニーなんて、そんなものはハ○ス食品に踊らされているだけだぜ☆」
……なぁ、遊戯。「りんごと蜂蜜の奏でるハーモニー」が海馬らしくないのは俺達の誰一人として否定する気は無いけどよ…。その理屈はなんか違うんじゃないか?
「馬鹿を言うな、遊戯。俺がハ○ス食品などという雑魚会社に踊らされるわけないだろう。俺は自分の舌で味わったものしか信じないっ!!!」
………食べたのか。社長様ともあろうヒトが、りんごと蜂蜜の入ったカレーを。
つーか誰だよ、おい!海馬にンなもの食わせたチャレンジャーはよ!!

しかし、自信満々に言い放ちながらも、海馬の額にしっかりと一筋の汗が伝っていくのを――かなり不本意ながらも――目撃してしまった。
何か思い当たる節でもあったんだろうか…ハ○ス食品製のカレーに。
いや、深く考えても怖い想像しか出てきそうに無い。
「…。」
遊戯も海馬の額の汗に気付いたのだろう――至近距離で睨み合っていたのだから当然といえば当然だが――勝利を確信した、力強い笑みを海馬に向ける。

「……っ。まぁいい、遊戯。貴様が辛口を好もうが好むまいが、俺には関係ないからな」
海馬は、口惜しそうな視線で遊戯を睨みつけながら、唐突に腕を高く持ち上げ指を鳴らした。そして、窓際へと移動する。
「だがこれだけは覚えておけ!俺は必ず貴様を甘口好きにしてみせるっ!!!さらばだ、ワハハハハハハ!!!」
……今更だけどよ。これってまるっきり悪役の台詞じゃねぇか…?

唐突な高笑いと捨て台詞。
そして、いつから待機していたのだろうか唐突に現れたヘリの爆音・爆風とともに、騒ぎの元凶その1こと海馬は去っていった…。


…そう、恐ろしいことに、聞き間違いでも幻覚でもなく「ヘリで」だ。
何とかは高いところが好きというか、恐ろしいことに海馬の基本的な移動手段はヘリだ。
ここからKC本社や海馬の家までは徒歩で十分いける距離だってのによ。
海馬が「普通」とか「常識」で測れないってのは今更だし重々承知してるんだけどよ。それでもこればっかりは何度見ても慣れることが無い。

だってよ、普通にヘリポートでヘリに乗って帰っていくってんならまだしも…ヘリから放られた縄梯子掴んで窓から、だぜ…?
今時、悪の秘密結社や怪盗でもやらねーだろ、んなこと…。













ってゆーか…。





……。




………。




海馬。……上手く逃げたな。



遊戯と海馬の「闘いの風」で、ただでさえ食堂内は荒れ狂っていたってのに追い討ちのようにヘリの爆風。
まさに「台風一過」という言葉がしっくり来る状況の食堂の一角で、やっと通り過ぎた嵐の爪痕を見やってため息をひとつ。
で、どうやら本日の警報は解除されたようなので、元凶その2――といってしまうのは遊戯に対して酷かもしれないが――である友人の下へ駆け寄る。

「…甘口好きって……相変わらず海馬君ははっちゃけてるねぇ☆」
からりとした口調で遊戯が笑った。……その笑顔が呆れと諦めに彩られていることは毎度のことだが。
けど、それにしたって明らかに突っ込むところが間違ってると思うぜ遊戯…。
「くっ!海馬っ!!いつかお前に真のカレーのあるべき姿を理解させてみせるぜ!!友として!(ドン☆)」
「……もう一人の僕…」


そして、荒れきった食堂内で、二人の遊戯の声がやけに虚しく響くのだった。





* * *





童実野高校で日々繰り広げられる非日常的な「日常」。
実は、今日はまだ可愛らしいものなのだと言って、一体どれだけの人間が納得してくれるのだろうか。


そう、「今日」はまだアイツが居なかった分大人しく収まった方なんだ。






…城之内。


頼む、お前は一生昼に呼び出しを食らい続けていてくれ。



俺に出来ることは、精々、
今はここに居ない、「非日常への元凶その3」に対して、そう祈ることだけだった。




(終幕)
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あとがき

ということで、「カレー」競作、森見Sideでした♪
深夜の勢いで始まってしまったこの企画(?)。とにかく楽しかったです。
なにせ、本来文字書きじゃない森見が、気付けば書いていたっていうこと事態が既に…(笑)。


因みに、この話のコンセプトは『森見が普段遊戯王で感じていることを赤裸々に語っちまおう』です(嘘)。
そのため、「こんなの社長じゃない!」とか「王様はもっと格好良いんだ!」といった苦情は受け付けません。
…が、「本田君はもっと脳天気だ」等本田ヒロト氏に関するご意見・苦情についてのみ受け付けさせていただきます(笑)。
話を彼の一人称にした所為で、彼には必要以上に苦労を背負い込ませてますから…ねぇ?

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