とあるカレー屋の悲劇
☆注意:この作品では、『遊戯君』が2人存在します。
表記は、表遊戯⇒表遊戯、闇遊戯⇒遊戯、となっております☆
童実野町で細々と営業する「とあるカレー屋(店名)」。
店主は真面目な性格で、若い頃からコツコツ貯めた貯金と、早期退職で支給されたちょっと割増の退職金をすべて注ぎ込み、昔からの夢だったカレーショップを開いたのでした。
その日も店主は真面目に、美味しいカレーでお客をもてなしていました。
そう、嵐が来ることなど予想だにもせず。
嵐の片割れは、午後3時半頃に訪れた。
「お腹空いたね〜。もう一人のボク、本田君」
「そうだな、相棒。先刻からカレーのいい匂いがしているしな」
「さっさと食い終わって、城之内が来る前に帰っちまうか?」
「駄目だよ!」
「そうだぜ、本田君。城之内君は補習を頑張っているんだ。オレ達が待っててあげないでどうする!」
「冗談だって、遊戯。でも食べ始めててもいいんじゃねえか?俺、もう腹へって死にそうだぜ」
「う〜ん、そうだね。入ってようか☆」
先月できたばかりのカレーショップは、口コミで美味しいという噂が広がり、この不況にも関わらずまぁまぁ盛況していた。遊戯たちは、あとで城之内がくることも考え、カウンターではなくボックス席に座った。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
店主の妻だろうか、人のよさそうな中年の女性が笑顔で水を運んでくる。
「俺、カツカレー!中辛」
「え〜っと、チキンカレー。ボクも中辛ね」
「オレは・・・10倍カレー」
「えぇっ!本気なの?もう一人のボク」
「ああ、勿論だぜ相棒」
「見かけによらねーな・・・」
「ご注文を繰り返・・・」
女性が注文を繰り返そうとしたまさにその時、嵐の残りの片割れが店に飛び込んできた。
「店主、今日からこの店のカレーはすべて甘口にしてもらおう」
突然、常識では考えられないようなことを言われて、店主や客の思考回路はしばし止まった。
そして、この非常識さに――それが自分の意思かどうかはともかく――慣れ親しんだ人々は、思考回路を停止させることなしにその少年の名を口々に叫んだ。
「海馬君!?」
「海馬!?」
「海馬っ!!」
名を呼ばれたことによって、不本意ながら見知った顔が並んでいることに気付いた海馬は、冷たい瞳で遊戯たちを見下ろした。
「ふん、貴様らにこんなところで会うとはな」
「それはこっちの台詞だって。天下の海馬コーポレーション社長様がこんなところに何の用なんだ?」
「貴様らには関係ない」
「そんなことよりも、海馬!甘口だけにしろとはどういうつもりなんだ!!」
「どういうつもりか、だと?仕方がない、この俺の崇高な考えを教えてやろう。童実野町から辛口のカレーを抹消する」
「抹消?」
「そうだ!辛いだけで味などしないくせにカレーの名を騙る贋物など、この世に存在する価値もない!辛口のカレーなど邪道だ!ワハハハハハ・・・」
「そんなことさせないぜ、海馬!辛口は俺が守ってみせる!!」
「どうやって守るというのだ、遊戯。腕ずくででも止めてみるか」
目の前に立たれ、その身長差から遊戯は思わず一歩退いてしまう。
「もう一人のボク!!」
「ワハハハハハ・・・。遊戯、貴様に俺は止められんわっ!!」
「くっ!だが、オレ負けない!」
「見苦しいぞ遊戯。さっさと負けを認めたらどうだっっ!!」
勝ちを確信してか、このときの海馬の態度の大きさは普段の5割増だった、とは傍観者の本田の後日談である。
「まだだっ!オレには相棒や城之内君たちとの結束の力があるんだっ!!」
「ならば俺はその上を行く力で貴様を捩じ伏せてやるわっっ!!」
「結束無き力は脆いだけだぜ海馬!!」
「ふん、その強がりがいつまで続くだろうな」
両者の間に凄まじい火花が走った。が、すぐに表遊戯によってその火は鎮火された。
「はいはいはい、ストーーップ!!全く、もう一人の僕も海馬君も『辛口のカレーは邪道か否か』なんてくっっっだらない議論でそんなに熱くならないでよ!もう!!」
その発言に、遊戯と海馬はほぼ同時に表遊戯に向き直った。
「くっ、くだらないだと?貴様、この俺を愚弄する気かっ!!」
「海馬の言うとおりだぜ相棒!これはとても重要なことだぜ!」
「カレーは甘いことに意義があるのだ、辛口など辛いだけで芸がないわっ!!」
ビシィッ!と音がしそうなぐらい勢い良く、人差し指を遊戯に突きつける。そして、その発言に負けじと、遊戯は拳を握り締めた。
「それは違うぜ海馬!!辛くないカレーはもはやカレーじゃないっ!!そんなことでは、お前も真のデュエリストにはまだまだ遠いな!」
表遊戯の仲裁も虚しく、戦いの渦は再び両者を呑み込んでいく。
「貴様こそ勘違いをしているようだな。辛いカレーなど、カレーの味がしないではないかっっ!!!」
「・・・海馬。それはお前が真のカレーの味を知らないからだぜ!真のカレーとは、りんごや蜂蜜などの力になど負けず、様々なスパイスの織り成す結束の力!!」
「何だと!貴様こそ『りんごや蜂蜜が奏でるハーモニー』を知らんだけだっ!!!」
その言葉に、遊戯の顔に勝利を確信した笑みが浮かんだ。
「どうした海馬、お前らしくないぜ・・・。りんごと蜂蜜のハーモニーなんて、そんなものはハ○ス食品に踊らされているだけだぜ☆」
「馬鹿を言うな、遊戯。俺がハウ○食品などという雑魚会社に踊らされるわけがないだろう。俺は自分の舌で味わったものしか信じないのだっ!!!」
ここで再び表遊戯の仲裁が入った。しかしそれは、仲裁というよりは最終警告といった方が良いであろう言葉だった。
「もう一人のボク・・・。それ以上海馬君の相手をするなら、ボクは二度とキミと口をきかないからね☆」
「あ、相棒・・・」
表遊戯の攻撃は遊戯にクリティカルヒットを与えたらしく、遊戯からは一切の戦闘意欲が消え去ってしまった。
「ちっ、余計な邪魔が入ったな。まぁいい、遊戯。そもそも、貴様が辛口を好もうが好むまいが、俺には関係ないからな。だがこれだけは覚えておけ!俺は必ず貴様を甘口好きにしてみせるっ!!!さらばだ、ワハハハハハハ!!!」
迷惑な捨て台詞を残して、来たときと同じぐらい突然に、しかも近所迷惑を顧みずヘリで、まるで台風のように――と言ったら台風に失礼なぐらい人騒がせに帰っていった。
「別にヘリで帰らなくてもいーんじゃねーか・・・。相変わらず派手だなぁ、海馬のヤツ」
「・・・もう一人のボクを甘口好きにするって・・・・・・相変わらず海馬君ははっちゃけてるね・・・」
「くっ!海馬っ!!いつかお前に真のカレーのあるべき姿を理解させてみせるぜ!!友として!」
「・・・・・・もう一人の僕?」
相棒の冷たい視線を感じて、入り口に立ってヘリの行方を追っていた視線を慌てて表遊戯に向ける。
「いや、何でもないぜ相棒!」
「そう・・・。ならいいけど」
「それより遊戯、どうする?この状況じゃあ、ゆっくりカレーを食べる、って訳にはいかねーよな」
店中の視線が三人に集中している。店主などは、一刻も早く出ていってほしそうな表情だ。
「・・・仕方ないから、城之内君と合流してハンバーガーでも食べにいこうか」
「・・・だな」
結局決着のつかなかった甘辛論争。補習の所為で参加できなかった城之内少年の意見はなんだったのだろうか・・・。
「カレーの甘口と辛口、どっちが邪道かって?」
「そう、その言い合いの所為でボクたちカレー食べそこなったんだから!」
「カレーねぇ・・・。俺は・・・」
「もちろん辛口だよな、城之内君!」
「何だよ、遊戯は辛口派か?なら海馬が甘口派?うわっ、似合わねー!!」
「そんなことはどうでもいいんだ!城之内君。で、どっちなんだ?」
「真剣な顔してる遊戯には悪りーけど・・・んなの甘かろーが辛かろーが美味けりゃ良いじゃん。俺はどっちも好きだぜ?」
「城之内君・・・」
「それでいいの!もう一人のボクと海馬君が変に固執しすぎなんだよ」
「そんなことはないぜ、相棒!やっぱり自分の好みを貫き通すというのは・・・」
「あーもう分かったから。ほら、いい加減帰るよ!もう一人のボク!!」
「大変だなー、遊戯も・・・」
「もう一人のボクは海馬君との争いになると周りが全く見えなくなるんだよね。もぉホントにいい迷惑だよ、海馬君の所為で」
「すまない、相棒・・・」
「反省してるんならもういいよ。悪いのは海馬君だし」
「そうだぜ、遊戯。あんまり気にすんなって」
「相棒・・・城之内君・・・」
「ほら、帰るよ。じゃあね、城之内君」
「ああ!!じゃあな、城之内君」
「おお、また明日な。遊戯」
爽やかに笑顔で別れる少年たちは知る由もなかった。
夕方、自分にとっては何物にも代えがたい宝である店で、見知らぬ二人の少年が繰り広げた激しい討論。その討論の所為で、真面目な店主が「甘口と辛口、どちらが正道か」という答えの出ない問題にのめり込んでしまったことを。それによってノイローゼ状態に陥ったことを。
そして、長年の夢だった店を畳んで田舎でゆっくり療養生活を送らなければならなくなったことを・・・。
あとがき
この作品は、森見氏との深夜のネットトークから生まれました。
こんな小説が生まれるような話って、一体どんなんだったんだろう、と思ったそこのあなた!!
それはご想像にお任せします・・・(笑)
それにしても、表(遊戯)ちゃんと王様(闇遊戯)を身体的に分けるのはどうなんでしょうか。
地の文の表記は一応区別してあるけど、社長(海馬)や本田君の呼び方はどっちも「遊戯」だっていうのが手抜きだなぁ・・・。
これでも一応は考えたんですよ?「ファラオ」って呼ばせようかとか真剣に(苦笑)
それにしても、地の文の表記方法が瑞樹の愛を物語ってますよね。
どっちかというと表ちゃんがオリジナルのはずなのに、王様の方を「遊戯」って書いてるあたり・・・。
ってことで、表ちゃんファンの方には深くお詫びをしたいと思います。
なお、同志の方はこの表記に賛同をお願いします(笑)